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 本年は、西暦1910年の日韓百年に当る。
これはある意味では、日韓共同体の実験であるから、特に東アジア共同体論者が、この日韓併合の顛末を学ぶべきである。

 条約は守るものだと考えているのはヨーロッパと日本くらいのものである。

「ロシア人は、条約は破るためにあるものだと思っている、支那人は、そもそも条約は守るものだと考えていない」
と言われる。
  
 この言い伝え通り、幕末に欧米列強と締結した不平等条約を日本人は守った。
そして、明治の御代を通じてその改訂のための努力を続けたのである。
この日本人の条約に関する態度は、近隣諸国とははなはだ異なる。

 この言い伝えは朝鮮については触れられていない。
触れられていない理由は、当時朝鮮が国家としての存在ではなかったからだ。
朝鮮は、日清戦争までは清国の属国であった。
日清戦争で日本が勝利した結果、朝鮮は一時独立国となったが、その後すぐにロシアの属国となった。
従って、日露戦争後の朝鮮の独立独歩はありえなかったのである。

 では、朝鮮の条約に対する態度は、ロシアや支那に近いのか?日本に近いのか?
1910年の日韓併合条約、1965年の日韓条約と日韓紛争処理に関する交換公文、2001年の日朝平壌共同宣言についてみてみよう。
 
 現在、韓国は日韓併合条約を無効だと言っている。
また、日韓条約で決着がついた後でもさらに未だ決着以前のような要求をすることがある。
そして、日韓の紛争処理に関する交換公文を無視して交渉を拒否したまま竹島を支配し続けている。
北朝鮮の平壌共同宣言に関しては、署名している時に破っている。
つまり初めから嘘である。
故に朝鮮は支那に近い。

 さて、日本は韓国を植民地にしたということが当然のように言われる。
村山富市社会党委員長が総理大臣の時に発した所謂「村山談話」も、日本が朝鮮を植民地にしたことを前提としている。
しかし、これは間違っている。
日本は韓国を併合したのであり植民地にしたのではない。

 植民地支配とは、アフリカ、ビルマ、いんどねしたで、イギリス、オランダなどがしたことであり、アメリカがテキサスやカリフォルニア、アリゾナを併合したのは植民地支配とは言わない。
イギリスはイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドからなる連合王国であり、来たアイルランドはイングランドの植民地ではない。

 日本と韓国は併合条約によって併合したのである。
朝鮮は、数百年にわたる支那の属国、日清戦争後に独立した一瞬ののちに李朝がロシアを朝鮮に迎え入れた。
西の支那と来たのロシアの圧迫、そして李朝体制の圧政と祖国への裏切りに疲弊しきった祖国を如何にして立ち直らせるか。
それには、東の近代化に成功した日本を結ぶしかない。
これが、朝鮮の愛国者の決断だった、朝鮮に他の選択肢はなかったのだ。
 元老伊藤博文は韓国併合に消極的だったが、ハルピンで伊藤が暗殺され流れは一挙に併合に進んだ。

日本は他国を併合し尽力した。
日韓併合御36年間で、韓国は如何に変化したか。
人口、九百八十万人が二千五百万人に増加。
平均寿命、24歳から48歳。
小学校、併合時朝鮮全土で4校が併合後、一村一校を目標とし、大正13年には二千五百校、昭和十一年には遂に全土の全村に小学校が設置された。

 日韓併合百年、日本人は誇りをもってその歴史を見直す時が来た。


 
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西村眞悟先生の「月刊日本・3月号[日韓併合百年・再考]から抜粋転載