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1.搾取されたのは日本国民

  「日帝三十六年」とは、1910年の日韓併合によって設立された朝鮮総督府が韓国の軍事・行政を統括していた時代をさして言う。
そして、彼らは日本に侵略され、「日帝三十六年」によって搾取され、国歌の発展を虐げられたと主張するし、日本に対して謝罪と反省を要求する。
だが、謝罪とか反省とか言うのは政治の問題であり、歴史ではない。
韓国人の言うその三十六年の歴史は、実際の歴史とはまったく違うのである。
 搾取されたと言うが、搾取されたのは韓国人ではなく日本国民のほうである。
朝鮮総督府は、日本国民が納めた税金の18%から20%を毎年朝鮮の自立のために投資した。
韓国は日本の財政援助を受けるだけで、自立できないでいた。

 「日帝三十六年」の支配というのは、歴史を歪める天才である韓国の独創的な発明であり、最早流行遅れであることに日本人は気付かなくてはならない。

2.併合は時代の趨勢だった

 侵略とか植民地支配は、当時は当たり前のことであった。
ナポレオン時代から植民地・帝国主義時代までは「侵略」という言葉は決してマイナスイメージを持つものではなかった。
当時はむしろ「進取の精神に富む」と言った意味のプラスの価値を持つ言葉だった。
植民地という言葉さえプラスの意味を持っていた。
植民地とは、あの時代の夢であり、誇りであった。
いい悪いは別にして、それがあの時代の価値観だったのである。
 価値観が時代によって変わるのは事実だ。
それが歴史というものである。
韓国・朝鮮が考えなければならないのは、現代の価値観をもって昔の価値観、時代精神を解釈し、断罪するべきではないということだ。

 複数の国が、一つの国になる合邦国家というものも、日本と韓国に限らず、世界史的な流れからみれば近代国家のありかたとしては当然のものだった。

○フランス帝国・フランス共和国○ノルウェーとスウェーデン○ノルウェーとデンマーク○チェコスロバキア、ユーゴスラビア○大英帝国はイングランド、スコットランド。ウェールズ、アイルランドによる連合共和国である。
等々、あの時代に近代国家がどう発展してきたかという世界史的な視野に立ち、当時の価値観に基いて歴史を見れば、日本だけ特別扱いするのはおかしいと気付くはずだ。

 韓国人の中にも日清戦争以降、日本が強国になってきたから、日本と一緒になりたいと考える人たちも居た。

3.最低クラスの属国だった朝鮮

 朝鮮は中国の属国であった。
それも属国の中でも最低クラスの存在であった。
大中華に礼を尽くすため朱子学を国教化した李氏朝鮮が、孔子を最高の神として祀るだけではなく、大国人は半島では神様として拝まれることになった。

 しかし、戦後になってから、韓国はもともと独立した国で、中国の属国だったことはないと主張する。
だが、属国でなかったのなら、なぜ日清戦争後に締結された下関条約第一条で朝鮮の独立を認めるとうたわれているのだろう。
 ところが、韓国の歴史家はそういう歴史的証拠の条文さえ、勝手に自分たちに都合の良いように変えて引用したりする。

 そのうえ戦後の韓国の学者たちは漢文が読めないことである。
色々な資料や記録が残っていても、彼らは読むことができない。
韓国語の翻訳も出せない。
都合の悪いところは皆カットしないと大変なことになる。

以上のようなことを知り資料を指摘しなければ韓国人と語ることは出来ない。


4.「千年属国」からの解放。

  朝鮮は七世紀の統一新羅の時代から朝貢国として、中国の「千年属国」と呼ぶべき国になった。
中国の考え方は、中国が中心にあり、その周辺に夷狄が存在する。夷狄の国々は中国の皇帝に朝貢し、その冊封(さくほう)を受けて、天朝の年号(中国の暦)を使い、中国の統治を受けることを許される。
李朝朝鮮は中国から自らの国号や王位まで下賜された。これが中国の天下秩序なのである。

 下関条約により、朝鮮は初めて中国の「千年属国」から解放された。
国王の高宋が大韓帝国の帝位につき、独立を果たしたのである。
ここに「韓国は日本がつくった」という所以がある。
  
 しかし、韓国は有史以来、独立を失ったもは、日韓併合後の日帝三十六年の時代だった、それまでは独立・主権国家であったと主張し、日本の統治時代を非難し続けている。

 また、日本から受けた七つの恩義を逆に「七奪」と呼び、いまだに日本へ謝罪と賠償を要求し続けている。「日帝三十六年」は彼らが言う「歴史の類を見ない悲劇」などではなく、李朝時代の苦難から逃れ、豊かさと近代化を享受できるようになった、朝鮮にとって初めての幸せな時代だったのである。

5.「七奪」どころか日本の「七恩」

 日本は韓国から七つのものを奪った、それは@国王A主権B生命C土地D資源E国語F生命
そして、これを「七奪」だと言う。
しかし、これらは逆に日本が韓国に与えたものである。
つまり、「七奪」どころか「七布施」「七恩」と呼ぶべきもので、謝罪を要求するどころか、韓国人は日本に感謝すべき筋合いのものばかりである。

 @国王を救った

日本と韓国合邦国家を作った。
それが大日本帝国である。
同君合邦国家だから、君主になるのは天皇があるのが当然だ。
 それを「対等な合邦ではない」と反論する人もいるだろうが、合邦国家である以上、対等な合邦はあり得ない。
それが歴史の常識である。
高宗は下関条約によって、初めて独立国家の帝位についた。
しかし、近代国家としての財政制度も国家会計予算制度もなく人材も居ない、国家の体をなしていなかった。
それを救ったのが日本・朝鮮総督府だった。
朝鮮総督府は李朝の腐敗政治を改革した。
財政を建て直した。
李朝時代の国王の地位は低かったが、高宗は日本の皇族の扱いを受けた。
有能な重臣や功労者は華族となった。
場合によっては追放されても滅ぼされてもおかしくなかったのに、厚遇されたのである。


 A主権を回復した

朝鮮は日本と併合したおかげで清の属国から解放され、近代国民国家として初めて主権を認められた。
李朝時代には、朝鮮の国事や外交は全て清政府が決めていた。
李朝朝鮮の主権など、どの国からも認知されていなかったのである。
もともと主権などなかったのに、その主権を奪われたと主張することが妄言であることは明らかである。


 B韓国人の生命を守った

半島の歴史を見れば、朝鮮人の生命を奪って来たのは、日常的な飢饉と疫病だった。
「日帝」の前まではソウルは世界一不潔な都市だったと言う。
日本は韓国における近代医療制度の確立・普及に努め、環境改善と疫病の撲滅によって、半島の生命保全と繁栄に大きく貢献した。

 さらに、農業改革の成功もあって、「日帝三十六年」のあいだに、韓国の人口は倍増したのである。

李朝時代の人口は730万人だった。
日露戦争後に日本の保護国となったころ、人口は980万人だったが、日韓併合後は1400万人と急増し、年を追うごとに増え続け、1938年には2400万人となった。つまり2.4倍にもなったのである。
日帝が搾取し、朝鮮人を貧困のどん底に突き落とし、さらに虐殺までしたというなら、このように人口増加の一途を辿ったのか、韓国人は説明できるだろうか。

C土地を豊かにした





 



黄文雄氏   歴史通・7月号  「韓国は日本がつくった!」より抜粋要約

              (参考:「韓国は日本人がつくった」ワック出版
                  「近現代史集中講座 台湾・朝鮮・満州編」徳間書店)

「日韓とも、”その件”になると「侵略」だの「植民地支配」だのと言いだす。
だが、真実は違う。
歴史を歪める天才である韓国の”独創的”発明と、それに迎合した言説に惑わされてはならない。