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現在の日本の評価
日本政府の公式見解
@村山談話
  
  
(平成7年  戦後五十周年を期して 「謝罪と不戦」の国会決議の政府談話)
「日本は国策を誤り、国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって
 多くの国に、とりわけアジア諸国の人々に多大な損害を与えた。

 改めて痛切な反省の意を表わし、心からお詫びする。」
A小泉純一郎首相の式辞
 
  
(平成14年8月15日  武道館において行われた「全国戦没者追悼式」での式辞
「先の大戦において、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を
 与えました。

国民を代表してここに深い反省の念を新たにし、
犠牲となられた方々に謹んで追悼の意を表わします。


B小泉純一郎首相談話
(終戦60年)  は(2005年(平成17年8月15日)は、ここに十年前の「歴史を教訓に平和への決意を新たにする決議」を想起し、わが国の過去の一時期の行為がアジアをはじめとする他国民に与えた多大な苦難を深く反省し、あらためてすべての犠牲者に追悼の誠を捧げるものである。」B
私は、終戦六十年を迎えるに当たり、改めて今私たちが享受している平和と繁栄は、戦争によって心ならずも命を落とされた多くの方々の尊い犠牲の上にあることに思いを致し、二度と我が国が戦争への道を歩んではならないとの決意を新たにするものであります。

 先の大戦では、三百万余の同胞が、祖国を思い、家族を案じつつ戦場に散り、戦禍に倒れ、あるいは、戦後遠い異郷の地に亡くなられています。

 また、我が国は、かつて植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。こうした歴史の事実を謙虚に受け止め、改めて痛切な反省と心からのお詫びの気持ちを表明するとともに、先の大戦における内外のすべての犠牲者に謹んで哀悼の意を表します。悲惨な戦争の教訓を風化させず、二度と戦火を交えることなく世界の平和と繁栄に貢献していく決意です。

 戦後我が国は、国民の不断の努力と多くの国々の支援により廃墟から立ち上がり、サンフランシスコ平和条約を受け入れて国際社会への復帰の第一歩を踏み出しました。いかなる問題も武力によらず平和的に解決するとの立場を貫き、ODAや国連平和維持活動などを通じて世界の平和と繁栄のため物的・人的両面から積極的に貢献してまいりました。

 我が国の戦後の歴史は、まさに戦争への反省を行動で示した平和の六十年であります。

 我が国にあっては、戦後生まれの世代が人口の七割を超えています。日本国民はひとしく、自らの体験や平和を志向する教育を通じて、国際平和を心から希求しています。今世界各地で青年海外協力隊などの多くの日本人が平和と人道支援のために活躍し、現地の人々から信頼と高い評価を受けています。また、アジア諸国との間でもかつてないほど経済、文化等幅広い分野での交流が深まっています。とりわけ一衣帯水の間にある中国や韓国をはじめとするアジア諸国とは、ともに手を携えてこの地域の平和を維持し、発展を目指すことが必要だと考えます。過去を直視して、歴史を正しく認識し、アジア諸国との相互理解と信頼に基づいた未来志向の協力関係を構築していきたいと考えています。

 国際社会は今、途上国の開発や貧困の克服、地球環境の保全、大量破壊兵器不拡散、テロの防止・根絶などかつては想像もできなかったような複雑かつ困難な課題に直面しています。我が国は、世界平和に貢献するために、不戦の誓いを堅持し、唯一の被爆国としての体験や戦後六十年の歩みを踏まえ、国際社会の責任ある一員としての役割を積極的に果たしていく考えです。

 戦後六十年という節目のこの年に、平和を愛する我が国は、志を同じくするすべての国々とともに人類全体の平和と繁栄を実現するため全力を尽くすことを改めて表明いたします。



日本の論客の言葉


「二十世紀の百年は、世界人類にとってどんな時代だったのだろうか。

私には、どうしてもこれしか思いつかないが、第一は、白人絶対の時代が終わって、人種平等の理念が国際社会に一応定着したことである。第二は、それを日本がほとんど単独で成し遂げた事である。

『私がこの国を好きな理由』日下公人、p70


 昭和二十七年五月一日に木村篤太郎法務府総裁(法務大臣)の名で通知が出された

「連合国の軍事裁判により刑に処せられた者は、国内法の犯罪人には該当しない」

  注: 昭和27年4月28日、サンフランシスコ講和条約が発効し、
     我が国は約7年に及ぶ占領から解放され主権(独立)を回復した

『「靖国神社への呪縛」を解く』大原康男編集、小学館文庫 p.62

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