ヴァージニア州立工科大学で永住権をもつ韓国人学生が銃を乱射し,32人の学生を殺害した.韓国系米国人は迫害を恐れている.
そのためであろう,韓国系反日組織が安倍首相の訪米に合わせて計画していた「従軍慰安婦」への謝罪を求める集会を中止する,とのニュースが一度は流れた.
しかし,翌日中止は撤回された.米国下院に決議案が提出された背景が窺える.
同様な「慰安婦に関する対日謝罪勧告決議案」は過去に3回提出されているが,どれも否決されていた.しかし,昨年の選挙で民主党が勝ったために,今回は採択されそうな形勢になっている.
その決議案には,
・慰安婦制は残酷さと規模の大きさで前例のない性奴隷制で,20世紀最大の人身売買事件である
・日本では最近河野談話を薄め撤回しようとする動きがある
・日本の新しい教科書のなかには慰安婦の悲劇や日本の戦争犯罪を軽視しているものがある
・日本政府は2000年の女性・平和・安全保障に関する安保理決議を支持したのではないのか
という趣旨が述べられており,日本政府に対して次の四項目
1. 日本政府は奴隷制を若い女に強要したことを公式に認め,謝罪し,歴史的責任を受け入れる
2. 首相は公式に声明を出して謝罪する
3. 日本政府は性奴隷状態と人身売買はなかったという主張に対して明瞭に反論する
4. 日本政府はこの恐るべき犯罪について現在と未来の世代に教育する
を勧告している.
安倍首相は「事実の誤認がある.
狭義の強制連行はなかった」と発言したが,それはやや的外れの感がある.
決議案で問題にしているのは,「慰安婦制が奴隷制であり,人身売買であること」および「河野談話を撤回せよという動き」である.
また,「日本は戦争犯罪を忘れるな」と脅してもいる.
慰安婦だけに気を取られてはならない.
「慰安婦制という犯罪について教育し続けよ」という勧告は内政干渉である.
とはいえ,それは河野談話で約束したことであるから,河野談話を破棄しない限り頭を垂れて聞くほかあるまい.
決議案は採択されても(米国政府に対して)拘束力がないという.
提案者にとってこれはかえって好都合であろう.
気楽に繰り返し提案して,宣伝効果だけは挙げられるからである.
採択さえもされないほうが望ましいのかもしれない.
仮に決議案に拘束力があるとすれば,どうなるであろうか.
米国政府は間違いなく拒否する.
なぜなら,日本に謝罪を要求すれば,友好関係を損なうばかりでなく,米国自身が火傷をするからである.それは次のように考えれば解る.
(1) 米国とはほとんど無関係で,しかも諸条約によって決着がついている慰安婦問題を口実にしているうえに,教育や教科書にまで注文を付けている.本来ならしてはならない露骨な内政干渉である.
(2) 米国は正義面・善人面はできないのである.兵士と性の問題はどこの国でもあるもので,米軍も叩けば多量の埃が出る.占領軍兵士が日本で犯した夥しい数の強姦事件は慰安婦制を超える人権侵害であろう.また,パンパンやオンリーは慰安婦とどれほど違うと言うのか.さらに,破格の収入があり,足も洗えた慰安婦がなにゆえに性奴隷なのか.
(3) サンフランシスコ条約を結んで日米は講和している.過去のことはお互いに水に流しているのである.米国は日本に対して「戦争犯罪」を持ち出せる立場にはないはずである.
(4) それでも戦争犯罪を持ち出すなら,日本は受けて立てばよい.日米戦争で最大の戦争犯罪を犯したのは米国である.ただ,勝者の米国は裁かれなかっただけなのだ.東京裁判をやり直そうではないか.
米国は東京裁判で日本に侵略戦争や虐殺などの罪を着せたので,それには固執するはずである.
とはいえ,その固執を露わにする事態は招きたくない.
それには,日本政府が下院決議に敏感に反応せず,無視してくれることが望ましい.
そしてどうやら日本政府に圧力をかけているらしいのである.
事実,駐日米大使は河野談話を堅持するよう求め,安倍首相の腰が次第に引けてきている.
しかし,ここで曖昧に妥協していかにも日本らしく穏やかに事態を収拾すると,野蛮だった日本人という悪評が定着してしまう.
それはまもなく出来する「南京大虐殺」問題や将来の北朝鮮との国交正常化交渉にも悪影響を及ぼす.
米国に対して日本の「主張する外交」を示す意味でも,安倍首相はせっかく恵まれた好機を逃すことなく,不快感を表明して少しは波風を立てておくべきである.
メディアの報道から受ける印象とは逆に,困っているのは日本や安倍首相ではなく米国であろう.
肯定的に事態を見ることも必要である.
中国の日米離間工作に乗ることにはなるが,それも良いではないか.
米国に対して主張するということは,中国に対しても唯々諾々とは従わないというささやかな意思表示にはなるのだから.
とにかく,娼婦の過去の辛苦を振りかざして友好国の首相に謝罪を勧告するとは,米国下院はなんと無神経で横柄なのだろう.
教養も品位も政治感覚も疑う.
「人権」という言葉に惑わされ,韓国や中国の反日宣伝工作に乗せられて,日本の追い落としや日米離間に加担していることに気付かないのだろうか.
もしフェミニズムに基づく確信的行動なら,一顧だに値しない.
あなた方はいつからマルクス主義者になったのか.
決議案を支持しているらしい米国メディアも歴史を担った人々と時代に対する想像力に欠けている.
また,歴史的事実や多くの日本人の心情についての理解がまるでない.
決議案は日本人を侮辱し,戦争犯罪の烙印を耐え忍んできた心をまたしても痛めつけているというのに.
それに,米国とは違って日本の社会には歴史上奴隷が存在しないのである.
性奴隷という言葉で日本を罵るのは,的外れというものである.
安倍首相が言うように,現在の規範からみれば,前世紀には人権侵害は山ほどある.
そのなかでも些細な慰安婦制を殊更に取り上げ,朝鮮でもベトナムでも米軍が慰安所を設けていたことには素知らぬ顔をして,米国は傲慢にも世界に道徳の範を垂れようというのか.
もし,米国人が偽善者でないというなら,自らのものも含めて残りの膨大な人権侵害に対してどのように対処するのか.
下院議員さん方には火の粉が見えないようである.
決議案の代表提案者であるマイク・ホンダ氏には多くの中国系支持者がいるそうである.
その中国では売春どころか人身売買や誘拐,臓器売買が横行していると聞くが,それには眼をつぶるのか.
過去の慰安婦制を「20世紀最大の人身売買事件である」と針小棒大に言ってデマを流していられる気楽な立場ではないはずである.
最後に,拘束力もない米国下院決議案がなぜこんなに大きな騒動に発展したのであろうか.
日本国内にそれを利用しようとする勢力があるからである.
これを好機と騒ぎ立てたメディアがあり,安倍首相に見解を質した国会議員がいる.
あるいは騒動の根本原因が河野談話にあることには素知らぬ顔をして責任転嫁し,河野談話を破棄しようとしたから外交問題になったのだと唱えて安倍首相の責任を追及する人たちもいる.
日本国内では論争に敗れて逼塞していた人たちが,外国からの支援で勢いづいて日本叩きを再開したというわけである.この人たちには国家や国益という観念がないのであろう.
(2007年4月26日)
[追加・補遺]
○ 対日非難決議が続々(2008.2.11)
「いわゆる慰安婦問題での対日非難決議が七月の米国下院に続き、十一月にオランダ下院、カナダ下院、十二月に入ってEUの欧州会議でも採択された。
決議はいずれも日本政府に公式謝罪を求め、カナダでは「慰安婦の性的奴隷化と人身売買に対する否定論者」への封じ込めを求める条項まで盛り込まれた。
カナダ下院の決議は中国系女性議員らの提案によるものだ。
こうした決議に法的拘束力はないが、世界の主要国が次々と過去の日本を攻め立てようとする背後に何があるのか、それを見抜く必要がある。
同時に根拠なき非難には毅然と反論する姿勢が不可欠だ。
戦後も六十年以上を経て、日本はその間ひたすら国際貢献、援助に尽くしてきたはずなのに、なぜこのような眼差しを浴びねばならないのか。
そこには何世紀にもわたる巨大にして強固な構造がいまだに残っていると言わねばならない*。
それを間違いなく明治人は知っていたが、昭和から平成にかけての日本人には見えなくなった。感じられなくなったのではないか。」
(上島嘉郎,操舵室から,正論,平成20年2月号,400)
* 簡単に言えば,植民地主義や人種差別を指すのであろう.
大東亜戦争(太平洋戦争)の後,西欧列強はアジアの植民地を失った.
日本は戦闘には敗れたが,アジアの解放と人種差別の撲滅という戦争目的は結果的には実現したのである.
戦争目的を達成した日本はむしろ勝者であるという人もいる.
西欧における対日非難決議の背景には,諸国の日本に対する潜在的な恨みと憎しみがあるのであろう.
○ 性奴隷問題の象徴に化けてしまった慰安婦問題――フェミニズムの介入(2008.2.12)
“軍による連行”がデマであることが露見して賞味期限を迎えると,慰安婦が慰安所に閉じ込められた“広義の強制性”もあるよと問題をすり替える.
次には,自ら言い出したことには頬かむりして,狭義とか広義とか細かいことにこだわるなと言う.
そこにフェミニストが介入してきて,売春は何らかの強制によるものだから慰安婦と公娼はどちらも同じ性奴隷であると主張する.
この主張は,国連人権委員会クマラスワミ報告を経て,米国下院の決議案に色濃く反映している.
かくして,慰安婦問題は世界全体の売春という性奴隷問題の象徴に化けてしまい,最早慰安婦問題ではなくなってしまったのである.
しかし,そんなことで代表責任を取らされる謂れがあろうか.
(参考:西岡力,よくわかる慰安婦問題,209-211,草思社,2007)
○ 暗躍した韓国外交官(2008.4.12)
「韓国の親北左派政権は慰安婦問題での日本非難の声を国際社会に広げるために、多大な努力を積み重ねてきた。
その一端を韓国紙・中央日報(1月8日インターネット版)が次のように報じた。
「こうした成果をあげる過程で、重要な役割を果たした外交官がいる。
金殷石参事官だ。
駐米韓国大使館側によると、米議会担当の同氏は、慰安婦非難決議‥‥の可決における功労が認められ、勤政褒章の受章者に選定された。
金氏は慰安婦非難決議の過程で『影武者』の役割を果たした。
2006年に慰安婦決議の阻止に成功し、日本が油断していた07年1月下旬ごろ、ホンダ議員に決議案の発議を頼んだ後、可決に向けた運動を展開する在米韓国人団体などにホンダ議員を紹介するなど、可決に関連したすべての過程を調整した。
それでも同氏は自分を徹底的に隠した。韓国政府が介入しているとの印象を与えれば、日本が同問題を外交対決の場へ持ち運ぶはずであり、その、場合米下院ガ負担を感じ、処理を保留するかも知れない、と判断したからだ」
米国議会が慰安婦決議を採択した裏には「影武者」として「関連したすべての過程を調整した」韓国人外交官がいたのだ。
盧武鉉大統領は平成17年3月1日「私は拉致問題による日本国民の憤怒を十分に理解します。
同様に日本も立場を替えてみなければなりません。
日帝36年間、強制徴用から従軍慰安婦問題に至るまで、数千、数万倍の苦痛を受けた我々国民の憤怒を理解しなければならないのです」と演説し、国際社会に日本の歴史的悪行を広く知らしめる外交を展開してきた。
この記事が紹介する金参事官はまさに、盧武鉉反日外交の尖兵といえる。在米日本大使館は金参事官の活動を知っていたのだろうか。外務省の米議会対策はあまりに弱体だといわざるを得ない。」
(西岡力,「価値観外交」で反日キャンペーンを突き崩せ,正論,平成20年3月号,141-142)